大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3273号 判決

原告 窪田亨

被告 東京神栄証券株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は、原告に対し金三十九万二千六百六十一円二十九銭及びこれに対する昭和二十七年三月十二日より右金員支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払い、且つ、別紙<省略>第四目録記載の株式の株券を引き渡せ。もし右株券の引渡につき、強制執行が不能なときは、被告は原告に対し、右不能な部分につき、同目録記載の単価によつて算出した金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、昭和二十三年八月十八日、証券業者である被告に対し、期限を定めることなく株式買付の資金に充てるため五十万円を寄託し、且つ、原告から被告に株式の売買を委託し、並びに、その売買によつて取得した株式代金及び株券を同様株式の売付又は買付の資に充てるため、被告に寄託すべき旨約定した。

右寄託契約は、昭和二十四年三月中旬合意解除されたが、その間被告は原告のため、別紙第一目録記載の通り株式を売買し、又は払込をなして増資新株を取得しており、結局、被告が原告のため売買した株式数、株式売買代金、株式買入れに要した株式移転税等の集計は、別紙第二目録記載の通りとなつている。

従つて、被告は、なお原告の為に買入株式から売却株式を控除した別紙第二目録残数欄記載の株式の株券及び先に原告が寄託した五十万円と同目録記載の株式売却代金総計の合計四百八十三万二千三百五十円より同目録記載の株式買入代金総計と株式移転税総計の合計四百三十八万九千六百八十八円七十一銭に昭和二十三年十月頃原告が被告より支払を受けた五万円を加えた金額を控除した三十九万二千六百六十一円二十九銭を保管していることとなるから、寄託契約の終了により右株券の引渡及び金員の支払をなすべき義務を負つた次第であるところ、被告は別紙第三目録記載の株式の株券を引き渡したのみで、別紙第四目録記載の残株式の株券の引渡及び右金員の支払をしない。

よつて、右金員及びこれに対する昭和二十七年三月十二日より支払ずみに至るまでの商法所定の年六分の割合による損害金を支払い、且つ、右残株式の株券を引き渡すこと並びに、もし右株券の引渡につき、強制執行が不能なときは、不能な部分につき、履行に代る損害賠償として、本件口頭弁論終結の日たる昭和二十七年七月二日に接着した右株式の東京証券市場における別紙第四目録記載の単価により算出した金員を支払うことを求める。」

と述べ、

「原告は、被告に五十万円を寄託するにあたり、被告の外務員で投資相談部長であつた訴外中井勝太に被告に寄託すべき株式売買の指図を委任したことはあるが、それ以外に同人に原告主張の委託又は寄託契約につき包括的代理権を与えたことはない。」

と附け加えた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張事実のうち、被告が証券業者であること、昭和二十三年八月十八日、原告より株式売買の資金として五十万円を預つたこと、その頃から昭和二十四年三月中旬頃までの間に、原告のため、別紙第一目録記載の通りの株式売買を行つたこと、昭和二十三年十月頃、被告に対し五万円を支払つたこと、右目録記載の株式の売買数、売買代金を合計すれば、別紙第二目録記載の通りとなること、同目録残数欄記載の株式より別紙第三目録記載の株式を控除すると別紙第四目録記載の株式となること及び同目録記載の株式の昭和二十七年七月二日に接着する東京証券市場の価格が同目録単価欄記載の通りであることは認めるが、原告の請求はつぎの理由により失当である。即ち、

原告は昭和二十三年八月十八日、当時被告の外務員であつた中井勝太に右寄託金銭による株式取引委託に関する一切の代理権、即ち被告に対し株式の売買指図をなし、被告との間に金員及び株券の授受を行う権限を与えて五十万円を被告に寄託し、株式の売買を委託することとしたのである。よつて被告は右約旨に基き、中井勝太の指図によつて株式の売買を行い、買入れた株式の株券又は払込によつて取得した増資新株の株券は、受渡の都度同人に交付し、売却した株式の株券は、その都度同人より交付を受けていたが、右売買代金は、原告が五十万円を被告に寄託した趣旨に則り、右金員を基礎として被告方に原告の口座を設け、被告が直接支払い、又は受け入れて残金を保管し、特に中井勝太より請求のあつたときは直接同人に金員を支払い、同人より金員を交付されればこれを右口座に受け入れていた次第であるが、昭和二十四年二月十六日に至り、後記の如く原告の右口座の勘定が差引零となつたので、それ以後は、原告の為の株式の売買は特に右口座を経由することなく、株券受渡の都度、中井勝太より代金と引換に株券を受取り、又は株券と引換に代金を支払つて原被告間の決済をしてきたのである。即ちその詳細は株式の売買については、被告が原告のため委託を受けて行つた別紙第一目録記載の株式の売買のうち、同目録備考欄に◎印を附したものが、その都度中井勝太との間に取引決済をすませたもの(計算の便宜上これの総計を示すと、別紙第五目録記載の通りとなる)。それ以外のものが右口座を経由して売買を行つたものであり、被告と中井勝太の間に右口座を経由して行われた金銭の授受は別紙第六目録記載の通りであつて、結局、別紙第七目録記載の計算のように昭和二十四年二月十六日をもつて、保管金の口座は差引零となつたものである。

右の次第であつて、被告は原告のため株券の寄託を受けたことなく、また昭和二十四年二月十六日以降は金員も預つていないから、原告の請求が理由のないことは明白であつて棄却を免れないものと信ずる。」

と述べた。<立証省略>

三、理  由

一、被告が証券業者であつて、昭和二十三年八月十八日、原告より、株式売買の資金として五十万円を預つたこと、被告が原告のため、その頃より昭和二十四年三月頃までの間に、別紙第一目録記載の通り株式の売買取引を行い、又は払込をして増資新株を取得したこと及び被告が原告に対し昭和二十三年十月頃五万円を支払つていることは当事者間に争がない。争のないこの各事実に、成立に争のない甲第一号証、乙第一号証、被告の商業帳簿であつてその内容が真正に成立したものであることに争のない乙第七号証の一乃至三、第八及び第十号証の各一乃至五、第九号証、証人中井勝太、(第一、二回)、宮本三郎、川口一兄、斉藤晃の各証言、原告本人訊問の結果(第一、二回)、被告代表者本人訊問の結果を綜合すると、つぎの事実を認めることができる。即ち、

原告は、昭和二十三年八月十八日、証券業者である被告の店舗において、被告に対し、被告に寄託して行う株式買付又は株金払込の資金に充てる為五十万円を寄託し、同時に当時被告の外務員であつた中井勝太との間において、この目的の為に原告を代理して右五十万円を運用するについての一切の権限を同人に付与する旨約定した。よつて、被告は、中井勝太の指図によつて、その頃より昭和二十四年三月頃までの間に、別紙第一目録記載の通りの株式の売買を行い又は払込によつて増資新株を取得したが、株券及び金員の保管、授受の関係はすべて被告が主張する通りであつて、少くとも昭和二十四年二月十六日より後は、被告は、株券、金員の双方とも何も保管していない事実を認めることができる(別紙第一目録備考欄に◎印を附したものの合計が別紙第五目録の通りとなること、別紙第七目録の計算関係が差引零となり、従つて、昭和二十四年二月十六日をもつて、保管金口座の勘定が差引零となることは計数上明らかである。)。

二、もつとも、右認定に対しては、次のようなこれに反するが如き証拠があるけれども、それらが結局、右認定を左右するものでないことは後記の通りであり、本件においては他に右認定を覆し、原告主張の事実を認めさせるに足る証拠は存在しない。即ち、

先ず、原告は、中井勝太は被告の外務員として投資相談部長の地位にあつたので、原告は同人のその地位を信頼し、同人に原告に代り、株式売買の指図等寄託金五十万円の運用に必要な権限を付与したのみであつて、それ以上に、株券及び金員の授受を行う権限まで与えたものではないと主張し、甲第四及び第五号証の各一、二証人中井勝太の証言(第一回の一部)原告本人訊問の結果(第一、二回の各一部)に、中井勝太が本件取引の行われた当時、被告の外務員たる使用人であつた当事者間に争のない事実を考え併せると、右主張に副う事実を認め得るかのようであるが、前記認定の資料に供した証拠によれば、中井勝太は、昭和二十二年初頃、被告の外務員となつたものであるところ、原告と同人は、終戦直後、同人が浮浪者救済の社会事業を行つていた当時からの知合であり、原告としては、同人の人格を深く尊敬し、当時右事業の資金として同人に金員を貸与したこともある間柄であつたところ、中井勝太より同人が被告の外務員となるやたちまち相当の資産をなすに至つたことを聞き、たまたま五十万円の手持遊金を有していたので、その商才に信頼してこれを同人に寄託し、株式の売買により利殖することを決意した。そこで、両者間に一旦、原告から中井勝太に対し五十万円を寄託し、株式の売買、金融、不動産への投資等この資金運用に関する一切の権限を付与しこれに対し、中井勝太は、原告に対しこの寄託金につき年三割の利殖を保障する約束が成立し、右約旨に基き、昭和二十三年八月十八日、原告が五十万円を持参して被告店舗に中井勝太を訪ねるに至つた。ところが被告においては、使用人たる外務員が顧客より右の如き多額の金員を預ることは、後日顧客との間に紛争を生ずる原因となり兼ねないことを心配する一方、原告と中井勝太との関係は、単なる顧客と外務員の関係ではなくて、特別の個人的信頼関係によつて結ばれているものであることを確認したので、右事情に副うため、右五十万円は、とりあえず直接被告が寄託を受けることとし、中井勝太は被告に寄託して行う株式買付又は株金払込等右資金運用の全責任をおうものとし、もつて原告の満足を得られるよう取り計らつた事実が認められるのであつて、これに反する原告本人訊問の結果(第一、二回の各一部)は到底信用することができないし、甲第四及び第五号証の各一、二も前記認定を左右し得るものではない。

つぎに、甲第二号証の一乃至三、第三号証、乙第三号証、証人中井勝太の証言(第一、二回の各一部)によれば、当初は、株券もすべて被告が保管していたのではないかとの疑を生ずるのであるが、前段認定の資料に供した証拠によれば、中井勝太は、被告から引渡しを受けた株券は、すべて一括して風呂敷包に入れ、これを被告の書類入れの一隅を借受けて自己の責任において保管していたところ、昭和二十三年暮に至り、原告より計算関係の明示を求められたので、被告に対し同年十二月末日までに株券の授受を了した売買取引の清算勘定を依頼し、右勘定の結果と自己が保管している株券とが一致するかどうかを確めてもらうため、右風呂敷包を被告に交付したこと、被告はこれによつて保管金口座の勘定と株券を対照した上、右株券を中井勝太が保管していることを確認する意味で甲第二号証の一乃至三の書面を発行したのであるが、その際、便宜、株券預り証用紙を使用したものにすぎないこと、右風呂敷包はその後、昭和二十四年一月十日頃、中井勝太に返還されていることが認められるから、これらの点も何等前記認定の妨げとなるものではない。

三、さて、本件において、右認定のように中井勝太が取引した株式の株券の受渡を自ら原告の為に被告との間においてする権限があるかどうかであるが、一般に、外務員は、証券業者の使用人たる地位を有するものであるから、むしろ、証券取引の委託事務の処理については、証券業者を代理する者と認められるのが通常であつて、顧客の代理人たることが認められる為には、一般取引関係から来る信用を超える特別の個人的信頼関係が存し、かかる信頼関係の為に顧客が外務員に対し、証券業者の使用人たる立場を去つて特に自己の為に行動することを求め、外務員がこれに応じたものと認められるに足るだけの特別の事情の存在が認定される場合であることが必要である(昭和二十七年十二月二十七日言渡当庁昭和二十六年(ワ)第六、五七一号事件判決参照。)ところ、原告と被告との間における本件取引開始の事情が右に認定した通りである以上、本件株式売買及び株金払込の委託が右にいう特別の事情の存在を前提として被告の顧客たる原告の為に被告の外務員たる中井勝太によつてなされたものであることはいうまでもないところである。そして、これらの事実に中井勝太は、最初、原告から五十万円の寄託をうけ、株式売買の外広く金融、不動産への投資等この資金運用の一切を委されるに対し、原告に年三割の利益の支払を保障する契約をしたのであつたが、被告において中井勝太の為に他日金銭上の紛議の生ずることを防ぐことを期し、自ら右五十万円の寄託をうけることによつて、取引から生ずる計算関係を明確にする役割のみを引きうけて出た関係にあることを併せ考えるならば、中井勝太が前認定のように原告の為にした株券の受領もまた当時原告と中井との間に存在した特別の個人的信頼関係にもとずいたものというべく、原告と被告との間において法律上有効なものと解するのが相当である。

四、そうすると、本件においては、中井勝太が被告から受取つた右株券及び金員をそのまま原告に交付しているかどうかは、全く原告と中井勝太との内部関係の問題に帰し、仮令原告がこれを受取つていないとしても、被告に対し請求すべきものではないことは明白であるから、爾余の点を判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由のないものといわねばならない。

五、よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 小川善吉 岡田辰雄 矢口洪一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!